1.教室の研究の歴史
徳島大学医学部産科婦人科学教室は,開講から本年4月で満60周年を迎えました.同時に徳島大学に大学院ヘルスバイオサイエンス研究部が設置され,教室の名称も女性医学分野と変更され,研究室の所属もそちらに移行しましたが,研究内容やスタッフは従来どおりであり,生殖医学をメインテーマにした研究を行っています.
徳島大学医学部は,第二次世界大戦中に軍医養成の国家目的に沿って設立された徳島医学専門学校を源流としており,昭和19年(1944年)4月に開講された産科婦人科学教室も,最初はお世辞にでも研究機関とはいえない状態であったと想像されます.
しかし,昭和24年5月に正式に国立徳島大学医学部が発足し,第4代飯田無二教授が就任され,近代的な医学部の研究室として発展する礎を築かれました.その時代から現在まで,教室の中心的な研究テーマは生殖医学研究で一貫しています.もちろん,当時の研究レベルは低いものであったと思います.次の第5代の足立春雄教授時代(昭和39年就任)には,当時注目され始めた酵素学や免疫学の手法を導入し,蛋白ホルモンやステロイドホルモンの研究,視床下部下垂体機能の解析,抗精子抗体を中心とする生殖免疫学など,現在の教室の研究班体制が整備されました.
第6代森 崇英教授(昭和56年4月就任)は,日本でも早期に体外受精胚移植を成功させるなど,不妊研究面でその後当科が発展する種を撒かれ,この方面の教室内の研究基盤の基礎を作られました.そして,前任の第7代青野敏博教授(昭和62年2月就任)は,教室の伝統を継承し得意分野をさらに発展させ,多くの若い研究者を育てながら,生殖医学研究を全国のトップレベルの教室に育て上げられました.第8代が私となるわけですが,諸先輩の築かれた歴史と伝統を守りながら,最先端の研究ができる環境整備に忙しい毎日です.
2.教室の研究の現状
教室のメインテーマが「不妊・内分泌」であるため,生殖医学関係の研究班が4班あるのがわれわれの特徴になるかもしれません.すなわち,視床下部─下垂体─卵巣系のホルモン分泌の機序の解明や排卵障害の診断と治療を研究する「生殖内分泌班(松崎利也講師)」,受精現象や体外受精などの「生殖生理班(桑原 章大学院担当講師)」,免疫性不妊や避妊ワクチンなどを研究する「生殖免疫班(前川正彦講師)」,更年期医療や女性内科を中心とした女性のトータルライフの研究を行う「加齢内分泌班(安井敏之助教授)」がそれぞれの分野で活躍しています.
1)生殖内分泌班
基礎研究として,摂食およびエネルギー調節機構と生殖機構のクロストークの全容を解明し,ダイエット,過度のスポーツなどによる無月経に対する最適の新規治療法を確立するため,オレキシン,グレリンなどの摂食調節因子やレプチンなどがGnRHの分泌に及ぼす影響とその発症機序を動物実験で検討しています.また,思春期の発来機序を解明するため,脂肪細胞から分泌されるレプチンの受容体の下垂体における発現を発達過程に沿って定量的に検討するとともに,発現に影響を与える因子を検討しています.さらに,卵胞発育の過程においてActivin,Inhibin,フォリスタチンの果たす生理的意義を解明するため,in vitro follicle cultureと分子生物学的手法を用いて研究を行っています.
臨床研究では,安全な排卵誘発法の開発を目指して,FSH-GnRHパルス療法,FSH低用量漸増療法などの臨床効果を検討しています.
2)生殖生理班
基礎研究では,卵の成熟機構の解明や排卵機構についての研究を行っています.最近では,好中球遊走因子cytokine-induced neutrophil chemoattractant(CINC)の排卵機構への関与を解析しています.とくに現在,抗CINC抗体投与下でのラット過排卵モデルにて,(1)排卵個数,(2)卵巣形態および白血球遊走の程度,(3)CINC,COX-2,IL-1β,TNFα,Bax,Bcl-2の各mRNAおよび蛋白発現の解析,さらにCINCが卵巣顆粒膜,莢膜細胞のappoptosisに関連することについても検討を行っています.
臨床的には体外受精の手技の改良,多胎妊娠予防法の開発を目指しています.
3)生殖免疫研究班
基礎的中心テーマは免疫的機序に基づく避妊ワクチンの開発であり,精子抗原ペプチドrSMP-Bの発現ベクターを用いた避妊ワクチン開発のための基礎的検討を進めています.また,腹膜子宮内膜症の発症機序解明を目的とした内膜症モデルマウスの作成と研究への応用を開始しています.
臨床的には,従来の免疫性不妊症,抗精子抗体や抗卵抗体の病的意義の解明,ラロキシフェンが閉経後女性の免疫機能に及ぼす影響に関する研究,免疫療法が習慣流産患者に及ぼす免疫学的影響に関する研究,などを進めています.
4)加齢内分泌研究班
加齢に伴うさまざまな代謝とエストロゲンとの関係を中心に研究しています.外因性エストロゲンとして,ホルモン補充療法(HRT)と骨代謝,脂質代謝,血液凝固系などとの関連について検討しています.HRTは2002年,2004年にWHIから報告された結果により考え方が変化していますが,有効でより安全なHRTとはどのようなものかを目的として臨床研究の課題を考え,データを集積しています.最近の更年期障害の特徴として精神的な症状を訴える患者も増加しており,選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)の効果について,精神神経科と共同で研究をすすめています.さらに,外因性エストロゲンとともに内因性エストロゲンの効果も重要であり,さまざまな代謝との関連性について検討を加えています.
また,種々の病態(妊娠,産褥期,GnRHa投与中,HRTおよびBisphosphonate施行中)におけるOsteo-protegerin(OPG)の動態を検討しています.OPGは破骨細胞の分化抑制因子として最近注目を集めています.OPGの動態についてはすでに国外の雑誌に投稿しましたが,今後はOPGによって骨粗鬆症治療に対する反応性の予測が可能かどうかを検討しています.
一方,基礎的な研究として,骨芽細胞におけるエストロゲンおよびSERMについてnon-genomic actionを検討しています.今後は,SERMに関してTotal Health CareとしてのSERMの有用性をさまざまな角度から検討していく予定です.
3.これからの教室の展望
教室名は女性医学に変わりましたが,産科婦人科学教室以来の生殖医学をメインテーマに,世界に通用する研究と研究者の養成を目指したいと思っています.国立大学は独立法人化し,卒後臨床研修の必須化が始まるなど,われわれのような臨床教室にとっては今年は大きな転換の年と言えます.研究レベルをさらに高めることを目標に,悪戦苦闘して行きたいと思います.
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