明治大学農学部生命科学科遺伝情報制御学研究室教授 加藤 幸雄

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1.研究室の歴史

  明治大学農学部生命科学科に設置された遺伝情報制御学研究室は、2000年4月に明治大学農学部に新設された生命科学科に属し、同時に新設された12研究室(現在は新規研究室が4つ加わり16研究室)の1つです。当学科には、発生工学の長嶋比呂志教授、生体機構学の針谷敏夫教授、動物生理学の太田昭彦講師と、生殖や内分泌分野の先生方が多く、良い研究環境がもたれています。  さて、研究室の歴史といっても、まだ開設5年の新参の研究室で、これといった蓄積もなく、ひたすら実績に向けて歩んでいる毎日です。明治大学は研究室1つに対して配属教員1人の少数精鋭型(?)をとっています。私が唯一の教員で、実に多数の学生を引き受けることになります。この研究室には学部3年から始まる特別研究(いわゆる卒業研究)のため、毎年7〜9名が入室してきます。大学院生命科学専攻が2003年度から開設され、少数ですが大学院生もいます。したがって、研究室の構成は学部生に偏ったピラミッド型になります。現在、私を除くと、博士後期課程1名(D3)、博士前期課程6名(M2、M1)、4年生8名、3年生7名の22名という構成です。研究の主力となる院生の他は、毎年夏の頃までは、3年生は授業もあり研究室の活動は「見習い」となり、4年生は就職組、他大学進学組は開店休業状態で、内部進学を決めた学生が実験に邁進するという状態で、不安定要因をいつも抱えながら研究が進められています。意欲ある大学院生の集団が徐々に形成されており、今後の研究のコアとなることを期待しています。  現在、遺伝情報制御学研究室では「下垂体の発生とホルモン遺伝子発現調節の転写因子ネットワークの解明」を主テーマとして研究を展開しています。下垂体を巡る研究は、前任の群馬大学生体調節研究所(旧内分泌研究所)からの引き続きのテーマです。特に性腺刺激ホルモンβ鎖(FSHβ)遺伝子の新規転写因子のクローニングとその作用機構、FSHβ鎖遺伝子上流を組み込んだTGラットの解析などや、ホルモン産生系の開発などに取り組み、基礎や病態の理解ばかりでなく応用面での貢献ができればと考えています。  具体的には、以下のようなテーマの研究を行っています。

2.現在の研究テーマ

1)FSHβ鎖遺伝子の新規転写因子の機能解析
 昨年、Prophet of Pit-1(Prop-1)がFSHβ鎖遺伝子の転写因子であることを、世界に先駆けて報告しました(Aikawa et al., 2004, BBRC)。新設のドタバタのなかでようやくまとめることができた報告です。Prop-1は、遺伝的に矮小化を示すAmesマウスの原因遺伝子として同定され、下垂体特異転写因子Pit-1を支配する上流遺伝子とされていますが、われわれのProp-1がホルモン遺伝子を直接制御するという報告は初めてとなります。また、ヒトのProp-1異常では複合ホルモン欠損症(CPHD)として、Pit-1系譜のホルモン細胞欠損以外にHypogonadismが報告されていますが、なぜProp-1異常が原因となるかは分かっていません。私たちの発見は、少なくともProp-1がFSHβ鎖遺伝子を直接制御することからProp-1異常がFSH合成低下につながること、また、Prop-1が下垂体ホルモン産生細胞の分化に強く関わっていることからゴナドトロフ細胞の発生・分化に影響を与えること、を示唆していると考えています。これに関連してProp-1の作用は、下垂体の初期発生段階のラトケ嚢で発現する転写因子Hesx1/Rpxの作用とFSHβ鎖遺伝子上で拮抗することを見い出しており、最近、Prop-1がFSHβのcounterpartであるα鎖サブユニットの発現を調節していることも見い出しているので、Prop-1の下垂体での役割はより広範であると考えられ、解析を急いでいます。  このほか、FSHβ鎖を含めゴナドトロピン遺伝子を制御する新規の転写因子やコファクターの解析を進めていて、最近、コファクターCLIM2がLIM homeodomain転写因子群と結合しα鎖遺伝子の転写を促進するばかりではなく抑制することを見い出しました。また、CLIM2が他のコファクターと結合するとともに、それ自身では細胞質内の顆粒に存在する一本鎖結合タンパク質とも結合して核内に移行させることを見つけており、下垂体ホルモン遺伝子の転写を巡る転写因子ネットワークの一端を明らかにしつつあります。

2)FSHβ鎖遺伝子上流を組み込んだTGラットの解析
 以前からFSHβ鎖遺伝子上流をHSVチミジンキナーゼ(HSV−TK)の遺伝子に融合させたキメラ遺伝子を導入したTGラットを作成し、その解析を行ってきました。この解析から、上記のProp-1結合領域が含まれているブタFSHβ鎖遺伝子上流約850塩基までの範囲に下垂体のゴナドトロフでの発現を規定するエレメントが存在することを確認しました。この導入遺伝子が産生する酵素HSV−TKは、抗ウイルス剤ガンシクロビルを代謝して細胞分裂を阻止するため、通常では正常に発達するTGラットにガンシクロビルを投与することでHSV−TKの存在する細胞は増殖できず、ゴナドトロフであれば低ゴナドトロピン症を呈することになります。このため、生殖研究のモデルとしての有用性が期待されます。  HSV−TK遺伝子を導入したTGマウスでは雄性不妊を呈する報告がいくつか存在します。われわれが作出したTGラットも同じように雄性不妊を示しており、精巣を調べてみると、精子形成はほぼ正常であるが精子の運動性はありません。この点で、本TGラットについてさらに特性を評価する必要はありますが、雄性不妊の良いモデルとも考えており、解析を進めていく予定です。

3)高発現系の構築
 最近、ホルモン遺伝子の発現調節機構の解析を進めていくと、下垂体ホルモンを特定の細胞で発現させている機構は、有用物質の良い生産系であると思い始めました。これまで、大腸菌、バキュロバイラス、動物系培養細胞などで組換え体タンパク質発現を行ってきましたが、下垂体由来の培養細胞とホルモン遺伝子の特定のプロモーターを組み合わせた発現系は、特異的で実に高い発現能を示すことがあり、この発現系を使ってホルモンを生産することを検討しています。

4)その他
 われわれの研究室の戦力は十分とはいえず、さまざまな他研究室に協力やアドバイスの支援を仰いでいます。と同時に、他大学の医学部、農学部、理学部や独立行政法人化された研究機関などと共同研究や研究協力を行っています。そのなかで、名古屋大学生命農学研究科の前多敬一郎教授・束村博子助教授との共同研究「脳内グルコースセンサーであるグルコキナーゼ遺伝子の発現調節機構」や東海大医学部産婦人科の和泉俊一郎助教授との共同研究「Testicular Feminizationを呈するアンドロゲン受容体遺伝子の解析」で、いくつかの成果が出始めたところです。

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