1.研究室の沿革
東京大学医学部産科婦人科学教室は、1884(明治17)年、清水郁太郎がドイツ・オーストリア留学を終えて帰国、満26歳で初代教授に着任した時をもって、始まります。爾来、先代の水野正彦まで10人の主任教授を数え、現在は武谷雄二が11代目の主任教授として教室を主宰しています。
2001(平成13)年には、東京大学医学部附属病院分院(分院)との統合にともない、産婦人科も両院の医局が統合して現在に至っています。なお分院の産婦人科は、1926(大正15)年に初代医長の篠田 糺が就任し、誕生しました。
この間、のべ約1,000人におよぶ医局員が、広く産科学、婦人科学全般にわたって研究を行い、また学生教育と附属病院における診療にあたってきました。常に、最高レベルの臨床実績とともに内外においてリーダーシップを執るべき研究成果を得ることを目標とする姿勢が、脈々と受け継がれてきています。
現在は、武谷雄二、堤 治の両教授以下、助教授3名、講師5名、助手18名、医員、大学院生が学内で、また首都圏を中心に40あまりの関連病院で多くの教室員が日々精進しています。海外からの留学生も常時数名所属しています。また、附属病院における診療では、女性診療科・産科と女性外科という2診療科を担当し、両科の連携に重点を置き、良質の医療の提供に努めています。
2.教室における研究
教室発足当時より、周産期医学と一般婦人科学を中心とした産科婦人科学が教室の要となっていましたが、時代の変化とともに婦人科学は一般婦人科学(gynecology)のほかにより専門的な腫瘍学(oncology)と内分泌学(endocrinology)が枢要な位置を占めてきたのは、全国の大学教室の歩みとも軌を一にするものであり、むしろ社会の要請といえましょう。本教室では、終戦後よりその傾向が既に強まり、各医局員に課せられる研究課題もそれぞれの専門領域を深く衝く内容となっています。本教室では、周産期学、腫瘍学、内分泌学の3本柱の何れもが教室を代表する研究とみなしていますが、ここでは生殖内分泌学に関連する研究と臨床の概略を紹介いたします。そのなかで、名古屋大学生命農学研究科の前多敬一郎教授・束村博子助教授との共同研究「脳内グルコースセンサーであるグルコキナーゼ遺伝子の発現調節機構」や東海大医学部産婦人科の和泉俊一郎助教授との共同研究「Testicular Feminizationを呈するアンドロゲン受容体遺伝子の解析」で、いくつかの成果が出始めたところです。
3.生殖内分泌学の研究と臨床
当科では、広い裾野を有する生殖内分泌学のできるだけ多くの領域に焦点を当て、常に臨床から疑問点を見い出し、導き出された結論を臨床にフィードバックするという意識をもち、研究を遂行しています。
1)臨床的研究
〈子宮内膜症〉
当教室では、専門外来である子宮内膜症外来に通院している多くの女性の協力を得て、慢性疾患ともいえる本疾患のエビデンスに基づく最適な治療を提供すべく、種々の薬物療法、手術療法ならびにこれらの併用療法の効用につき多角的に臨床研究を行っています。
〈体外受精胚移植、顕微授精等、生殖補助医療(ART)〉
ARTの普及にともない、単なる治療成績のみならず、卵巣機能が根底に存在するような難治症例における成績向上、多胎妊娠の増加をいかに防止するかという対策が求められるようになっています。このような現況を踏まえ、当教室では、@より良質な卵を得るための有効な卵巣刺激法を新規の薬剤も用いて試行する、Aより良好な受精率を得るために、精子運動性をコンピュータ自動解析装置で評価して最適な媒精法を設定する、B初期胚の状態や患者背景からみた適切な移植胚数を検討する、C未成熟卵の体外成熟培養を利用したARTを推進する、D子宮体癌に対する妊孕性温存療法後の不妊治療を確立する、ことを研究しています。
〈中高年女性のヘルスケア〉
当教室では、専門外来の名称を「更年期外来」から「ヘルスケア外来」に改め、更年期障害だけでなく、骨粗鬆症など中高年女性の総合的健康管理を目標に研究を進めています。@低用量HRTを日本人女性に有効かつ安全に行う方法の策定、A骨粗鬆症に対するさまざまな薬剤の適応および使用法に関する検討、B更年期うつの定量化と治療の試行、などをテーマとして研究しています。
〈腹腔鏡手術〉
当教室では、多数の症例に対し腹腔鏡手術を行い、術式の改良、麻酔法の改良、癒着防止など手術補助手技の改良、などの臨床研究を行っています。
2)基礎的研究
〈子宮内膜症に関する研究〉
手術検体を用いて、炎症、血管新生、免疫など、多方面から子宮内膜症の病態の解析を行っています。また、GFPマウスを使用した新規の子宮内膜症モデルを作製し、病因ならびに治療法に関する研究を行っています。
〈多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に関する研究〉
PCOSに関し、最近、卵巣局所に関する異常だけでなく、インスリン抵抗性や生活習慣病との関連が取り上げられるようになっていますが、当教室では、卵巣における局所制御因子やインスリン抵抗性との関連について研究しています。 〈着床の調節機構に関する研究〉
着床現象は子宮内膜と胚の時間的・空間的に統御された相互作用に基づいているという観点から、当教室では、着床における胚の接着、進入、発育に関連する物質の調節機序を子宮内膜・胚の双方について解析しています。特に、子宮内膜における性ステロイドホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)などの応答遺伝子を網羅的に探索し、それぞれの遺伝子についての機能解析を進めています。 〈子宮内膜脱落膜化に関する研究〉
子宮内膜の脱落膜化は妊娠の成立、維持にとって重要な現象です。当教室では、子宮内膜脱落膜化の機序の解明を最終目標として、子宮内膜間質細胞のin vitro decidualizationの系において、子宮内膜脱落膜化における生理活性物質ならびに細胞内シグナル伝達系の意義について研究を続けています。 〈ARTの配偶子操作に関する基礎的研究〉
最近、ARTにおける配偶子操作の生まれてくる児に与える影響がさまざまに議論されています。当教室では、卵の発育過程における遺伝子群の発現をエピジェネティクスの観点から検討し、特にARTによる配偶子操作がどのような影響を与えるのかについて研究を進めています。 〈妊娠高血圧症候群に関する研究〉
妊娠高血圧症候群は母児に重篤な影響をおよぼす疾患ですが、その発生機序は不明な点が多く、また予知も困難です。当教室では、血清中のsFlt-1/sVEGFR-1をはじめとした生理活性物質を調べることにより、発生機序の解明、発症予知の可能性を探っています。
以上のように、当教室の生殖内分泌学に関連する部門は、多角的な視野に立ち、各医局員が助け合いながら、厳格かつ楽しい雰囲気の中で、研究と臨床に取り組んでいます。 |